2010年5月6日 | HFT / 市場構造 / 規制変化
2010年5月、欧州ではギリシャ債務危機が深刻化しており、市場全体にリスクオフの雰囲気が広がっていた。米国株式市場は電子化が進み、取引の過半がHFT(高頻度取引)業者によって担われる構造に変化していた。
HFTはマーケットメイキングの大部分を担い、平時にはビッド・アスクスプレッドの縮小と流動性の提供に貢献していた。しかし、ストレス時にHFTが一斉に撤退した場合の影響については十分に検証されていなかった。
カンザスシティに本拠を置くWaddell & Reed(投資信託会社)が、E-mini S&P 500先物に対して$4.1B相当の大口売り注文を出した。注文は出来高に連動するアルゴリズムで執行されたが、急速に悪化する市場環境下ではアルゴリズムの執行ペースが過度に速くなった。
E-mini先物の急落を受け、HFTのマーケットメイカーが一斉に注文を撤回。流動性が蒸発し、価格発見機能が崩壊した。先物市場の急落はETFを通じて個別株に波及し、一部の銘柄では取引が「スタブクォート」($0.01や$100,000といった名目的な注文)で成立。Accenture、Procter & Gamble等の大型株で異常な価格が記録された。
CME(シカゴ・マーカンタイル取引所)がE-mini先物の取引を5秒間停止したことで売り圧力が緩和。HFTが市場に復帰し、約20分で価格はほぼクラッシュ前の水準に回復した。
2015年、ロンドン在住のトレーダーNavinder Saraoが、フラッシュ・クラッシュ当日にE-mini先物市場でスプーフィング(見せ玉)を行っていたとして起訴された。大量の売り注文を出して市場を下落させ、直前にキャンセルする手法を繰り返していた。ただし、Saraoの行為がフラッシュ・クラッシュの直接原因であったかについては議論が残る。
フラッシュ・クラッシュは、電子化された市場が「正常時には効率的、異常時には脆弱」であることを実証した。HFTは平時の流動性提供者であると同時に、危機時には流動性を引き上げる存在でもあった。
フラッシュ・クラッシュはHFTの社会的意義をめぐる論争を激化させた。「HFTは流動性を提供しているのか、それとも流動性の幻想を作っているだけなのか」という問いは、Michael Lewisの著書「Flash Boys」(2014年)でさらに広く議論されることになる。
| 人物 | Navinder Sarao(スプーフィング) |
|---|---|
| 企業 | Waddell & Reed(トリガー)、CME Group、SEC、CFTC |
| 関連エピソード | ナイト・キャピタル崩壊(2012年) — アルゴリズム取引のオペレーショナルリスク |
「流動性は義務ではなくオプションである。」フラッシュ・クラッシュは、電子化された市場における流動性が常に存在するという幻想を打ち砕いた。マーケットメイカーにはストレス時に市場に留まる義務がなく、最も流動性が必要な瞬間に流動性が消えるという構造的矛盾が明らかになった。