1951– | テクノロジー / 計算科学
| 氏名 | David Elliot Shaw(デイビッド・ショウ) |
|---|---|
| 生年 | 1951年 |
| 出身 | カリフォルニア州ロサンゼルス |
| 学歴 | カリフォルニア大学サンディエゴ校 学士 / スタンフォード大学 計算機科学博士(1980) |
| 主要キャリア | コロンビア大学 計算機科学助教授 → Morgan Stanley → DE Shaw & Co. 創業者 → D. E. Shaw Research |
| 代表的業績 | 計算金融の確立 / DE Shaw & Co.(AUM $60B超)/ Anton(分子動力学専用スパコン) |
スタンフォード大学で計算機科学の博士号を取得後、コロンビア大学で助教授として並列計算の研究に従事。学術界では並列アルゴリズムと計算複雑性の分野で高い評価を受けていた。
1986年、Morgan Stanleyの自動取引テクノロジー部門に参画。ここで金融市場にコンピュータサイエンスを本格的に応用する可能性を認識し、独立を決意する。
1988年、$28Mの初期資本でDE Shaw & Co.を設立。当時のウォール街において、コンピュータサイエンティストが金融会社を創業すること自体が異例であった。
DE Shawの革新性は、金融を「計算問題」として捉えるアプローチにあった。統計裁定・マーケットメイキング・イベントドリブンなど多様な戦略を展開しつつ、全てを高度な計算インフラの上に構築。採用は金融の経験ではなく、計算機科学・数学・物理学の優秀さを基準とした。
1990年代にはFortune誌から「クオンツの王」(King of the Quants)と称され、計算金融の象徴的存在となった。AUMは$60Bを超え、世界有数のクオンツヘッジファンドに成長。
1990年、ジェフ・ベゾスがDE Shawに入社。ベゾスはDE Shawで最年少のシニアバイスプレジデントに昇進し、インターネットビジネスの可能性を探る部門を担当。1994年にDE Shawを退社し、シアトルでAmazon.comを創業した。
DE Shawは「ウォール街のインキュベーター」とも呼ばれ、ベゾス以外にも多くの起業家・テクノロジーリーダーを輩出。これはShawの「最も優秀な人材を集め、自由に思考させる」という組織哲学の結果と言える。
2001年、Shaw はヘッジファンド運用から半ば退き、D. E. Shaw Research(DESRES)を設立。タンパク質の折りたたみや分子相互作用を原子レベルでシミュレーションするための計算生化学研究所である。
DESRESの中核はAntonという分子動力学シミュレーション専用スーパーコンピュータ。通常のスパコンの100倍以上の速度で分子シミュレーションを実行でき、ミリ秒スケールのタンパク質ダイナミクスを初めて原子レベルで観察することを可能にした。Antonは計算生物学の分野で革命的な成果を生み出し、Shawの真の知的関心が金融ではなく科学にあることを示している。
Shawのキャリアが示す最も重要な洞察は「金融は手段であり、目的ではない」ということ。計算機科学者として市場の非効率性を計算問題として解き、その利益を本来の知的関心である計算生化学に投じた。クオンツ業界において、金融を「知的好奇心の応用先の一つ」と位置づける文化を作った先駆者である。