1998年8月–9月 | システミックリスク / レバレッジ危機
Long-Term Capital Management(LTCM)は1994年、ソロモン・ブラザーズの伝説的トレーダーJohn Meriwetherが設立。取締役にはブラック-ショールズ・モデルの共同開発者Myron ScholesとRobert Merton(ともに1997年ノーベル経済学賞受賞)が名を連ねた。
LTCMの主戦略はコンバージェンス・トレード(収斂裁定)。国債間のスプレッド、スワップスプレッド、各国金利差など、理論的に収斂するはずの価格差を大量のレバレッジで収益化した。設立から4年間は年率40%超のリターンを記録し、ファンド残高は$7Bに達していた。
しかし、その成功は25倍を超えるレバレッジと、「市場は長期的に合理的に振る舞う」というモデル前提に依存していた。
1997年のアジア通貨危機でLTCMは一時的な損失を被ったが、年間ではプラスを維持。しかし、収斂裁定のスプレッドは拡大傾向にあり、同じ戦略を採る競合ファンドも増加していた。LTCMは投資家に$2.7Bを返還し、レバレッジ比率はさらに上昇した。
ロシアがルーブルの切り下げと国内債務のデフォルトを宣言。グローバルな「質への逃避」が始まり、LTCMのポジションの前提であった「スプレッドは収斂する」という仮定が崩壊。スプレッドは収斂するどころか急拡大した。
8月だけでファンド資本の44%にあたる$1.85Bを喪失。9月に入っても損失は加速し、残余資本は$400Mまで縮小。一方、想定元本は$1.25Tに達しており、レバレッジ比率は250倍超という異常な水準に。
ニューヨーク連銀のWilliam McDonough総裁が主導し、Goldman Sachs、Merrill Lynch、JPMorgan等14行が$3.6Bを出資してLTCMを救済。LTCMの無秩序な清算が債券市場全体を崩壊させるリスクを回避した。ファンドは2000年に清算された。
LTCMのモデルはヒストリカルデータに基づく正規分布を前提としていた。しかし、ロシア危機という「テールイベント」は、モデルが想定する確率分布の外側で発生した。相関が平時と危機時で劇的に変化する「相関ブレークダウン」の実例となった。
市場が平穏な時は流動的なポジションが、危機時には流動性が蒸発して清算不能になる。LTCMは「市場流動性は常に存在する」という前提でモデルを構築していたが、全参加者が同時に出口を求める状況ではこの前提が崩壊した。
LTCM危機は、ヘッジファンドに対する規制議論の出発点となった。直接的な規制は2008年まで実現しなかったが、プライムブローカーのリスク管理基準強化、カウンターパーティリスクの評価手法改善につながった。
| 人物 | John Meriwether(創業者)、Myron Scholes(ノーベル賞)、Robert Merton(ノーベル賞) |
|---|---|
| 企業 | Long-Term Capital Management、Goldman Sachs、JPMorgan、ニューヨーク連銀 |
| 関連エピソード | クオンツ・ショック(2007年) — レバレッジと強制清算の連鎖という構造は共通 |
「モデルが正しくても、市場がモデルに従う保証はない。」LTCMの崩壊は、レバレッジ×流動性リスク×モデル過信の三重苦が同時に顕在化した時、ノーベル賞級の知性でも市場に勝てないことを証明した。この教訓は四半世紀を経た現在も、クオンツ運用のリスク管理の原点として参照され続けている。