アーティストの原盤所有権を再定義した転換点。Big Machine $330M売却→Scooter Braun取得→Shamrock Holdings $405M転売→「Taylor's Version」4作(Fearless/Red/Speak Now/1989)で旧版の価値を積極的に毀損→2025年5月 $360Mで全原盤取得(Shamrock $45M損失)という6年間の闘争。
音楽著作権には大きく2種類ある。
Taylor Swiftが2005年にBig Machine Recordsと契約した際、当時15歳のSwiftは慣行として録音原盤をBig Machineに帰属させた。6枚のアルバムをリリースするたびに原盤権を1枚分ずつ取り戻せると説明を受けていたが、実際の契約条件はSwiftが期待したものとは異なっていたとされる。
2019年6月30日、Scooter BraunのIthaca HoldingsがBig Machine Label Groupを$330Mで買収。BraunはAriana Grande・Justin Bieberのマネージャーとして知られていたが、SwiftとはKanye West・Kim Kardashianとの「録音テープ」事件でBraun側が関与したことから対立関係にあり、SwiftはBraunを「私の音楽界のトラウマ」と呼んでいた。Swiftは買収を事前に知らされておらず、Tumblrで公開声明を発表した。
SwiftはBraun・Borchettaと買い戻し交渉を試みたが決裂。Swift側の主張によれば、条件としてBraunやBig Machineについて今後一切否定的な発言をしないというNDAへの署名が求められた。2019年8月、Swiftは2020年11月(契約上の再録音禁止期間終了後)から旧6アルバムの全曲を自らの新録音で再リリースすることを宣言した。
2020年11月、BraunはBig Machine の原盤(Swiftの6アルバム)を投資ファンドShamrock Holdingsに売却。Shamrockの支払い額は約$405Mと報じられた。Shamrockはディズニー創業者一族(Roy E. Disney)が関与するファンドで、エンタメ・IPへの長期投資を専門とする。ShamrockはSwiftに対し「公正な交渉を行う意思がある」と表明したが、当初は条件が折り合わず、Swiftは再録音を続行した。
| アルバム名 | 旧版発売年 | Taylor's Version 発売日 | 主要成果 |
|---|---|---|---|
| Fearless (Taylor's Version) | 2008年 | 2021年4月9日 | 米・英・豪・加等で1位 |
| Red (Taylor's Version) | 2012年 | 2021年11月12日 | 全米1位、10分版「All Too Well」が旋風 |
| Speak Now (Taylor's Version) | 2010年 | 2023年7月7日 | 全米1位、Swiftiesが旧版の削除要求 |
| 1989 (Taylor's Version) | 2014年 | 2023年10月27日 | 全米1位、"vault tracks"(未発表曲)が話題 |
各作品に「From the Vault」として旧版未収録の新曲が付属し、ファン向けに高い付加価値を提供。Red TVの「All Too Well(10 Minute Version)」は10分超の楽曲として史上例のない全米1位を獲得。iHeartRadio(米国最大のラジオネットワーク)が旧版の放送をTaylor's Versionに切り替え、主要ストリーミングサービスでも旧版のストリーミング数が急落した。
2025年5月30日、Swiftは公式サイトで初期6アルバムの原盤・未発表音源・映像・写真・ライナーノーツ等の全権利をShamrock Holdingsから購入したことを発表。購入価格は約$360M(Billboard報道)[2][4]。Shamrockが2020年に支払った$405Mより約$45M安い金額であり、「Taylor's Versionが旧版の商業価値を著しく低下させた」ことを数字で示す結果となった。
「シャムロックは公平な条件を提示してくれた。この購入には全ての未発表楽曲・映像・写真・アートワークが含まれ、いかなるパートナーシップも条件も付帯しない完全な自律性が与えられた」(Taylor Swift、2025年5月30日声明)
Swift騒動以前、「原盤所有権」はレコード業界の内輪話だった。Swiftの公開抗争により、この問題は一般メディア(CNN・BBC・New York Times)が連日報道し、米議会でアーティスト権利保護の法改正議論が浮上。ハーバード・スタンフォード等のロースクールで判例・事例研究の定番となった。WIPOも「Taylor Swift商標戦略」を正式な知財保護モデルとして紹介した。
再録音騒動後、大手レーベルの新人契約に変化が生じた。再録音禁止条項を5年→7年→10年に延長する動きが報告された一方、一定期間後に原盤の一部または全部を回収できるオプションを付与するレーベルも現れた。Tidal・Bandcamp・SoundCloud等のアーティスト直接配信プラットフォームが「原盤を自分で持てる」選択肢として台頭した。
Swiftが行った戦略の本質は4点に整理できる。
この結果、Shamrockは想定より早く価値が毀損し、$360Mでの売却に応じた。業界アナリストは「Taylor Swift規模のファンベースがあるから成立した戦略。中小アーティストへの転用は困難」と指摘する。
2023年までにBraunはAriana Grande・J. Balvin・Demi Lovato等の主要クライアントを次々と失い、Ithaca Holdingsの事業を大幅に縮小。Braunは表舞台から姿を消し、業界内での影響力を事実上喪失した。Swift騒動との直接的な関係は不明だが、Swift との争いによる評判毀損が直接の原因とする見方が業界では支配的。
Taylor SwiftのEras Tour(2023年3月〜2024年12月)は全世界で$2.08B以上の収益を上げ、史上最高収益のコンサートツアーとなった(Pollstar推定)。セットリストにはTaylor's Versionの曲が積極的に採用され、「原盤回収の物語」そのものがファンへのナラティブとして機能した。
「Taylor's Version」戦略は完璧ではなかった。同一演奏・同一楽曲の再録音は著作権侵害ではないが、特定のサウンドエフェクト・プロデュースの独特性は再現が困難な場合がある。レーベルは再録音禁止期間を長期化することで対抗策を講じており、将来のアーティストが同じ戦略を取ることが難しくなっている。また「旧版のライセンス拒否権」はアーティスト側にはなく、映画・CM等への旧版楽曲使用はShamrock(後にSwift自身)が許可権を持っていた。