ドリームチームの結成から、驚異的リターン、1998年の崩壊、そして清算まで。わずか6年の栄枯盛衰。
| 年月 | 出来事 | 意義 |
|---|---|---|
| 1991 | John MeriwetherがSalomon Brothersを辞任 | 国債不正入札スキャンダルの責任を取る形で退職。債券裁定チームの中心人物だった |
| 1993 | LTCM設立の準備開始。ドリームチームの招集 | Myron Scholes、Robert Merton、David Mullins Jr.(元FRB副議長)、Eric Rosenfeld等を説得 |
| 1994/2 | LTCM運用開始。初期資本$12.5億 | ヘッジファンド史上最大の初期調達。大手銀行・中央銀行・イタリア中銀までが出資 |
| 1994 | 初年度リターン+20%(10ヶ月) | 債券収束取引が順調に機能。モデルへの自信が深まる |
| 1995 | 年間リターン+43% | オン/オフ・ザ・ラン国債スプレッド等の収束取引が大当たり |
| 1996 | 年間リターン+41% | 2年連続40%超。投資家からの追加出資要望が殺到 |
| 1997/秋 | 投資家に$27億を返還 | 「これ以上の資本は不要。裁定機会に対して資金が過剰」として返還。後に「傲慢の象徴」と言われる |
| 1997 | 年間リターン+17% | 収束取引のスプレッドが縮小し、リターンが低下。レバレッジを増加させて対応 |
| 1998/5 | 新興市場のボラティリティ上昇 | アジア通貨危機の余波。LTCM内部でリスク警告が出るも、モデルは「一時的」と判断 |
| 1998/8/17 | ロシアがルーブル切り下げ・国債デフォルト宣言 | LTCMの崩壊の引き金。「質への逃避」が世界規模で発生し、すべてのスプレッドが拡大 |
| 1998/8 | 8月だけで$18億の損失。自己資本が$23億に減少 | レバレッジが急上昇。マージンコールが始まる |
| 1998/9/2 | Meriwetherが投資家に緊急書簡 | 「年初来-52%。$15億の追加出資を要請」。市場にパニックが広がる |
| 1998/9/23 | FRB主導で$36億の協調救済 | 14の金融機関が参加。Bear Stearnsのみ参加を拒否。LTCMの株式の90%を取得 |
| 1999 | ポジションの段階的解消 | 救済チームがポジションを整理。市場の安定化とともにスプレッドが収束し、一部利益を回収 |
| 2000 | LTCM清算完了 | 救済出資者は最終的に小幅の利益で退出。LTCM自体は消滅 |